わかったうえでいじめてる
テレビを見ていたら気になるCMが流れてきた。
ACジャパンの2014年のCM「やさしさは想像力でひろがる」
とてもよくて、思わずみいってしまった。
ゆめもやさしさも、想像力から生まれる。 本当にそうだと思う。
内容は見てもらえばわかるけど
どんな気持ちかな。空が飛べたら 雨のしずくになったら 魚になったら 月になったら ウサギになったら。 いじわるされたら、どんな気持ちかな。 ひとりぼっちって、どんな気持ちかな。 想像してみよう、いろんな気持ち。ゆめも、やさしさも、想像力から生まれる。
こんな絵本が本当にありそう。
ACのCMの中で一番好きなもの
ACのCMといえば大震災のときは一般のCMがなくなり、ぽぽぽぽーんばかりになって印象に残っているけどそれ以外も心に残るものが多い。
これまでのACで一番好きだったのは「屋上の少女」
これは見るたびに泣きそうになる。特に最後の音楽が流れてきた時がやばい。
「物語はこれからなのに」
痛みが想像できないのか
で、今回のCMをみてて思ったことは
いじめは加害者が被害者の痛みを想像できないからおこるのかだろうか。ということだ。
センセー思うんだけど、いじめや意地悪する人ってわかってるよね。
自分もいじめた経験はないがいじめられた経験はある。そのときの経験や今の先生側からの経験から思っていることだけど、いじめられたらどんな気持ちになるか、どんだけ悲しいか。 その気持を加害者側はわかって面白がってるよね。もしくは、その悲しい気持ちになるいじめられる側にならないように必死で自分より優しい子を見つけて攻撃してるよね。
いじめの加害者がいじめの被害者になる割合からもそれがわかる気がする。
いじめ、加害者と被害者が入れ替わる 「無関係」1割のみ【Benesse(ベネッセ)教育情報サイト】
いじめのほとんどは、特別な子どもたちの間で起こるのではなく、普通の子どもたちが、被害者と加害者の立場を入れ替えながら起こしている
自分がいじめられる側にいてたんだからそのつらさを味わっている。自分もいじめられていたからそのつらさは分かっているはず。
このことからも加害者側が被害者側の痛みを理解していないという考え方はおかしい。
わからない
結局どうすればなくなるのかな。
残念ながら弱いものを傷つけることが楽しいという気持ちをもった人からその考え自体を消すことはできない。いじめという行為に向かわせないような方法を探さないといけない。
誰かを攻撃するのは、その誰かが気づくつくのがおもしろいから、安心するからだ。今わかっていることはいじめをやめさせるためには痛みを加害者が知るだけでは足りないということ。
あと、いじめはいけないことと生徒に教えても、どんどん新しい生徒が入ってきて何度も同じことを教えなおさないといけない。終わりがない。
あ、それはどんな勉強・教科でも同じか